【業界別】日本企業の健康経営の実例と“数字の読み方”|花王・SOMPO・KDDI・ロート製薬ほか
最終更新:2026年7月17日 / Longevity Methods for 戦略的健康経営編集部
小規模・短期のヒト試験はあるが、結論は未確立
今回の評価:認定情報(健康経営銘柄・ホワイト500)は経産省・日本健康会議ベースで確度が高い事実。一方、各社のプレゼンティーイズム改善率・喫煙率などの数値は原則すべて各社の統合報告書・健康白書での“自己申告・自社集計”で、測定尺度も各社バラバラです。数値の横並び比較は成立せず、施策とアウトカムの因果も確立していません。
結論(30秒でわかる現在地)
- 業界別に代表企業の取り組みと数値を整理——製造(花王・コニカミノルタ・味の素)、金融保険(SOMPO・第一生命・明治安田)、IT通信(SCSK・KDDI)、小売(丸井・ローソン)、医薬(ロート製薬)。多くが健康経営銘柄・ホワイト500の常連です。
- 各社のプレゼンティーイズム等の数値は“自己申告・自社集計”で、しかも測定尺度が各社バラバラ(WLQ-J/SPQ/WHO-HPQ/WFun)。『損失=低いほど良い』と『パフォーマンス=高いほど良い』が混在し、社間の数値を横並び比較することはできません。
- 『健康経営=全指標が改善』ではありません。味の素はプレゼンティーイズム横ばい・欠勤微増、KDDIは欠勤増、各社とも喫煙率・高ストレス者率などで目標未達を正直に開示しています。未達も含めて開示する姿勢こそ健全です。
- 『健康経営銘柄だから株価・業績が高い』は因果ではなく相関/交絡の可能性が高い——査読論文の著者や証券リサーチが、逆の因果(優良企業だから両立できる)やバリュー相場という外部要因、測定方法論の未確立を指摘しています。
この記事の読み方:数値は“自己申告”で、社間比較はできない
日本の健康経営は、経済産業省と東京証券取引所による「健康経営銘柄」(2015年に22社で開始/銘柄2025は53社、銘柄2026は44社)と、日本健康会議が認定する「健康経営優良法人(ホワイト500)」という枠組みで“見える化”されてきました。認定の事実は確度の高い公的情報です。しかし各社が誇るプレゼンティーイズム(出勤しているが不調で生産性が下がっている状態)の改善率や喫煙率などの数値は、原則すべて各社の統合報告書・健康白書での「自己申告・自社集計」で、第三者監査済みでも査読論文でもありません。
さらに決定的な注意点として、プレゼンティーイズムの測定尺度が各社でバラバラです。SOMPOはWLQ-J、第一生命・SCSK・ロート製薬はSPQ(東大1項目版)、味の素・明治安田・KDDIはWHO-HPQ系、コニカミノルタはWFun。しかも「損失値=低いほど良い」尺度と「パフォーマンス値=高いほど良い」尺度が混在しています。つまりA社の“24%”とB社の“69点”を並べて優劣を語ることはできません。本記事は各社の数値を「尺度名・年度・自己申告である旨」とセットで読み解きます。
① 製造業:花王・コニカミノルタ・味の素
花王は、プレゼンティーイズムを経営指標にKPI化した代表格です。健康経営銘柄を通算11度、ホワイト500を10年連続で選定され(自社公表)、2009年度から健診・就業・疾病データを統合、毎年「健康白書」を発行しています。プレゼンティーイズム損失値(低いほど良い)は男性17.2/女性18.8(2025年度・SPQ準拠。※2024年度から測定手法を変更しており時系列は断絶)。一方で喫煙率(男23.6%/女13.7%)や高ストレス者率は目標未達と正直に開示しており、良い数字だけを並べていない点が健全です。
コニカミノルタ(銘柄7回・ホワイト500を2017〜2025年連続)は、プレゼンティーイズムをWFun(労働機能障害)で測定し、中程度以上の割合が18.2%(2022年度)→17.8%(2024年度)、欠勤(アブセンティーイズム)は目標を上回る12%減と報告しています。
味の素(ホワイト500を9年連続・健康経営銘柄2025選定)は、就業時間中の全面禁煙などで喫煙率を19.0%→10.9%へ大きく下げた一方、プレゼンティーイズム(WHO-HPQ)は74.4→74.5とほぼ横ばい、欠勤日数はむしろ1.7→2.3日へ微増しています。「健康経営に取り組めば全指標が良くなる」わけではない、という現実を示す好例です。
② 金融・保険:SOMPO・第一生命・明治安田(“尺度が逆”の実例)
この業界は、まさに「尺度が違うと比較できない」ことを実感できます。SOMPOホールディングス(ホワイト500を9年連続。※健康経営“銘柄”の選定は今回一次確認できず)は、プレゼンティーイズムを自社グループのWLQ-Jで測定し、2024年度のスコアは95.3%、健診受診率98.8%、喫煙率9.9%と公表しています。
第一生命(銘柄2015・2024・2025、ホワイト500を10年連続)はSPQ(東大1項目版)で測定し、プレゼンティーイズムは24.0%(2022)→23.3%(2024、目標20%未満に未達)、高ストレス者割合15.6%(目標10%に未達)と、未達も明示しています。
対して明治安田生命(相互会社のため健康経営“銘柄”は対象外)はWHO-HPQ版で、プレゼンティーイズムを62.5→69.0と公表——第一生命の“23.3%(低いほど良い損失尺度)”と明治安田の“69.0(高いほど良いパフォーマンス尺度)”は方向が真逆で、並べて比較する意味がありません。同じ「プレゼンティーイズム」でも中身がまったく違うのです。
③ IT・通信:SCSK・KDDI
SCSKは、健康経営銘柄を11年連続(2015〜2025)で選定される常連です。健康行動と健診結果をポイント化する「健康わくわくマイレージ」(2024年度の支給総額は約1.4億円)や、月間平均残業20時間以内+年次有給20日100%取得を掲げる「スマートワーク・チャレンジ」が特徴で、喫煙率は36%(2008)→12%(2024)へ低下。ただしプレゼンティーイズム・エンゲージメント・欠勤の具体数値はグラフ提示のみでテキスト非公表のため、「取り組みと測定手法の存在は事実/効果数値は非公表」と区別して読むべきです。
KDDI(健康経営銘柄2025に初選定・ホワイト500を6年連続)は、カウンセラー約40名による全社員面談(年2回・実施率100%)などデータ開示が豊富です。WHO-HPQ方式のプレゼンティーイズム(生産性損失割合)は34.7%(2021年度)→33.8%(2024年度)と年度で上下し単調改善ではなく、欠勤日数はむしろ3.98→4.79日へ増加、有給取得率は73.9%→83.6%へ上昇しています(在宅勤務比率や法改正などの交絡要因は分解されていません)。
④ 小売・サービス:丸井グループ・ローソン
丸井グループは、健康経営銘柄を「銘柄2026」で9年連続(小売業で唯一)、ホワイト500を10年連続で選定される先進企業です。産業医であるCWOが健保組合理事長を兼任するなど体制面が厚く、女性の健康支援プログラム利用者の「生理期間中のパフォーマンススコア」が半年で56.7%→67.0%に改善したと公表しています(※これはプログラム利用者の前後比較で、そもそも意識の高い人が参加する自己選択バイアスがかかります)。なお丸井は「プレゼンティーイズムKPI化」で広く知られますが、グループ全体の指標値・尺度名は今回の一次情報(ESGデータブック等)では特定できませんでした——「先進事例として有名/具体数値は本調査では非確認」と正直に区別します。
ローソン(ホワイト500を10年連続)は、社長直轄の健康推進室、アプリ活用のチーム制ウォーキング「元気チャレンジ」(2025年度参加率約70%)などを継続。健診受診率約98%、非喫煙率約87.3%(2024・前年84.1%から改善)と公表しています(プレゼンティーイズムの標準尺度・数値は今回一次確認できず)。
⑤ 医薬・ヘルスケア:ロート製薬(数値と“限界”を自ら明示)
ロート製薬は、2014年に日本初のCHO(チーフヘルスオフィサー)を設置した先駆けで、健康経営銘柄2025(10年ぶり2度目)・ホワイト500を5年連続8度目に選定されています。社内健康通貨「ARUCO」などの施策とともに、プレゼンティーイズム(SPQ)が27.9%(2022年度)→16.8%(2024年度)、喫煙者割合2.6%(目標0%)と、数値開示が充実しています。
特筆すべきは、ロート製薬自身がその数値の限界を明記している点です。「SPQは単一設問の自己申告で主観に依存」「回答率が年で異なり母集団が完全一致せず“同一集団の追跡”ではない」「2022→2024の大幅改善はコロナ影響下の2022年が高めに出た可能性・回答者構成の変化を排除できず因果とは断定できない」「欠勤は傷病理由の有給休暇を把握できておらず実負担を過小評価しうる」——ここまで自制的に注記する姿勢は、数値を扱う際のお手本と言えます。
⑥【最重要】「健康経営銘柄だから業績・株価が高い」は本当か
健康経営を語るとき最も陥りやすいのが、「健康経営に取り組む企業は株価・業績が良い→だから健康経営をすれば業績が上がる」という因果の取り違えです。専門家・査読誌・証券リサーチは、そろってここに慎重です。
- 因果の方向が未確定:健康経営と企業価値を分析した研究者(一橋大・安田行宏氏ら)は、公式対談で「業績が良いから福利厚生を充実でき従業員が健康なのか、健康だから好業績なのか、因果のメカニズムを明らかにする必要がある」とし、個人の健康改善から企業業績への論理には「飛躍がある」と警告しています。銘柄の株価効果が見えても、それは相関であって因果の証明ではありません。
- 外部要因(交絡):証券リサーチ(野村證券・2026年)は、健康経営銘柄全体の株価はTOPIX並みかやや下回る期間が多く、一部で上回るのも「2021年以降の割安株(バリュー)相場が追い風」という外部要因が大きい、と指摘しています。
- 研究段階・測定の未確立:健康経営の効果研究は日本ではまだ「仮説試論」段階との指摘(広島国際大・2023)があり、プレゼンティーイズムの測定も査読レビュー(獨協医科大・武藤孝司氏ら2020)が「労働生産性損失の測定方法論の確立」を今後の課題に挙げています。尺度が多数あり金額換算も方式で変わり、日本人は自己申告値が低く出やすいなど、数値は三重の留保つきです。
要するに、「健康経営銘柄企業の株価が高い」のは、健康経営が業績を押し上げたというより、もともと経営体力のある優良企業が“健康経営も株価も”両立できている(交絡・自己選択)可能性が高い——この視点を欠くと、投資判断も自社の取り組み評価も誤ります。
経営者への示唆:他社比較より“自社の物差し”で追う
以上をふまえると、経営者が国内事例から学ぶべきは「他社の数字に勝つこと」ではありません。尺度も母集団も違う数値を横並びにするのは無意味だからです。むしろ、①自社で1つの尺度を決めて継続測定し、自社内の時系列で追う ②医療費削減の直接ROIを主目的にせず、生産性(プレゼンティーイズム)・エンゲージメント・離職防止・採用力といった“自社にとっての意味”で評価する ③未達も含めて誠実に開示する(花王・第一生命・ロート製薬のように)——この3点が、流行に流されない健康経営の設計です。基礎の考え方は健康経営とは何か(投資対効果の考え方)、海外の視点は【業界別】海外企業の健康投資もあわせてご覧ください。
まとめ:数字の“尺度と出どころ”を見れば、健康経営の質が上がる
日本企業の健康経営には、花王やロート製薬のように精緻な取り組みが数多くあります。しかし本当に価値があるのは、公表される改善率の大きさではなく、「その数字はどの尺度で・誰が・どう測ったのか」を見抜く目です。尺度が違えば比較できず、自己申告なら過大評価もありえ、株価との関係は相関にすぎない——この前提を共有したうえで、自社の物差しで検証しながら投資する。それが、経営リソースとしての健康経営の正しい育て方です。当サイトは今後も、国内外の施策を「経営効果の裏づけがあるか」の視点で誠実に整理していきます。
出典・参考にした研究
- ・花王 健康経営(公式)/サステナビリティレポート2026(プレゼンティーイズム等の数値・自己申告)
- ・コニカミノルタ 従業員の健康管理(公式)(WFun・アブセンティーイズム)
- ・味の素 健康白書2025(公式)(WHO-HPQ・喫煙率)
- ・SOMPOホールディングス 従業員の健康(公式)(WLQ-J・自己申告)
- ・第一生命 健康経営(公式)(SPQ・目標未達も開示)
- ・明治安田生命 健康経営白書2025(公式PDF)(WHO-HPQ版・相互会社)
- ・SCSK 健康経営の取り組み(公式)(わくわくマイレージ・効果数値は非公表)
- ・KDDI 健康経営(公式)/銘柄2025初選定プレス(WHO-HPQ・欠勤は増加)
- ・丸井グループ Well-being経営(公式)(先進事例・グループ全体数値は本調査で非確認)
- ・ローソン 健康管理(公式)(元気チャレンジ・非喫煙率)
- ・ロート製薬 健康に関する指標データ(公式PDF)(SPQ・同社が限界を明記)
- ・健康経営と企業価値(一橋大 対談)(因果の方向は未確定・相関の指摘)
- ・健康経営銘柄の株価(野村證券, 2026)(TOPIX並み〜やや下・バリュー相場の交絡)
- ・経済産業省 健康経営銘柄2026 プレス(制度・選定数の一次情報)
※本記事は効果効能を保証・断定するものではなく、公表されている研究・一次情報を中立に整理したものです。サプリメントは医薬品ではありません。体調・治療の判断は医師等の専門家にご相談ください。
よくある質問
日本企業の健康経営で有名な企業は?
健康経営銘柄・ホワイト500の常連として、製造では花王・コニカミノルタ・味の素、金融保険ではSOMPO・第一生命、IT通信ではSCSK・KDDI、小売では丸井グループ、医薬ではロート製薬などが挙げられます。花王やロート製薬はプレゼンティーイズムを測定・KPI化した先進例として知られます。
各社が公表するプレゼンティーイズムの数値は比較できますか?
できません。測定尺度が各社バラバラ(SOMPO=WLQ-J、第一生命・ロート=SPQ、味の素・KDDI=WHO-HPQ、コニカミノルタ=WFun)で、しかも『損失=低いほど良い』尺度と『パフォーマンス=高いほど良い』尺度が混在します。数値は各社の自己申告・自社集計でもあり、社間の横並び比較は成立しません。
健康経営銘柄に選ばれた企業は株価・業績が良いのですか?
相関は見られても因果とは言えません。研究者は『優良企業だから健康経営も株価も両立できている』という逆の因果や交絡を指摘し、証券リサーチは銘柄全体の株価がTOPIX並み〜やや下で、一部の好成績もバリュー相場という外部要因が大きいとしています。『健康経営をすれば必ず業績が上がる』と考えるのは誤りです。
健康経営に取り組めば、すべての指標が改善しますか?
いいえ。味の素はプレゼンティーイズムが横ばい・欠勤が微増、KDDIは欠勤が増加、各社とも喫煙率や高ストレス者率で目標未達を開示しています。むしろ未達も含めて誠実に開示している企業ほど信頼できます。自社で尺度を固定し、時系列で追いながら改善するのが現実的です。
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